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2008年11月

2008年11月 3日 (月)

新撰組ゆかりの地を巡る京都サイクリング(2日目)

  車種:ロード

天気:晴れ

日程:11/3

宿出発(8:00)~嵐山、嵯峨野に入り渡月橋(8:30)~天龍寺(9:20)~東寺(11:00)~東福寺(12:30)~高台寺(13:00)~西本願寺(14:00)~京都駅着(14:30)

 7時起床、8時出発。嵐山に向け、桂川沿いのサイクリングロードを走る。渡月橋に到着。中島が黄昏ている。Dscn4060 5f2f

   

 嵯峨野の竹林は夏に散歩したら気持ちよさそうだ。1つくらい寺を見たいということで、天龍寺に入る。きれいな庭のある寺であった。次は京都の5重の塔のある当時に到着。歴史を見てみると足利尊氏が陣を張り、信長もここに寝泊りしたようだ。仏像も見事であった。Dscn4062

  

  

  

  

 

   

  

  

  

  

   

  

 昼食の時間となり、京都発祥の大型ラーメンチェーンの「天下一品」のこってりスープのチャーシューメンを食す。平野は非常にお気に入りだった。次に原島の紅葉シーズンのオススメである東福寺に立ち寄る。Dscn4065

  

  

  

  

  

 

   

 残念ながらこの時期の京都は紅葉には2,3週間早かったが、たくさんあるモミジが一同に紅く染まればそれは見事であろう。そして、秀吉の正室であるねねの墓があることで有名な高台寺に立ち寄る。普通に観光やガイドさんの説明を受けたが、今回は新撰組ツアー。ここは伊東甲子太郎先生一派御陵衛士の屯所として使われたのだ。最後に新撰組の組織が大きくなり、手狭になったことから広い屯所として引っ越した西本願寺に立ち寄る。こちらも大河で見覚えがある。たしかに寝泊りや訓練には事欠かない非常に大きな寺であった。8020

  

  

  

  

  

  

  

  

 

 

    

 西本願寺を最後に京都駅に向かい。小田原下車の中島とは別の新幹線で帰宅した。今回、3連休の京都はごった返していた。自転車というのはこういったときには実に便利。車ではパーキングがいっぱいで苦労したことであろう。今度はもう少し静かな小さな寺でも回ってみたいと思った。中島、おつかれ。

記:平野

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2008年11月 2日 (日)

新撰組ゆかりの地を巡る京都サイクリング(1日目)

  車種:ロード

天気:晴れ

日程:11/2

前夜夜行バス(平野:東京駅、中島:横浜駅)(23:30)~京都駅着(6:30)~戒光寺(8:00)~平安神宮(9:10)~金戒光明寺(9:40)~京都御所(蛤御門)(11:00)~三条大橋(11:30)~佐久間象山先生遭難の地記念碑、池田屋跡(12:30)~旧前川邸(13:30)~壬生寺(13:50)~光縁寺(14:00)~旧八木邸(14:30)~新徳寺(14:40)~二条城(15:30)~宿(16:50)

 新撰組ゆかりの地をまわりたい・・・・。中島の提案から始まったこの計画は新撰組については不勉強な平野の幕末事前勉強から始まる。大河ドラマ「新撰組!」DVD完全版、高杉晋作、大久保利通の伝記を読み、大河ドラマ「翔ぶが如く」を見て(こちらは見る途中)、幕末通のふりをして、本ツーリングに臨んだ。

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 毎度の通り、夜行バス。今回は中島とは別の便にて、京都駅で待ち合わせ。平野よりも15分前に予定通り中島が到着。近くにある「なか卯」にて朝食後、出発。はじめに伊東甲子太郎先生の墓がある戒光寺。しかし、現在は先生の命日以外は墓参りはできないようであった。Dscn4041

 

  

  

 ちかくにある泉涌寺を眺めつつ、次に向うは松平容保(京都守護職会津藩)が京都で使っていた金戒光明寺。途中、平安神宮があったので立ち寄る。63aa Dscn4045

    

 

 さすがは3連休。町はすごい人であった。金戒光明寺は二人とも大河ドラマで見た寺であったので、なんかうれしい。次は京都御所。蛤御門の変(禁門の変)があった場所だ。長州の撃った大砲の跡が門の梁にあると聞いていたが、思ったよりも小さくはっきりとは分からなかった。229e

  

  

  

  

  

  

  

  

  

 

    

 そして、びっくりする体験が待っていた。我々が歩いていると警察官の人に「あと五分で天皇、皇后両陛下がお通りになるので、一緒に見送ってください」と国旗を渡されたのだ。言われたとおり、ロープで支持された場所に並び、警備万全な車に乗られた両陛下を旗を振りながら見送る。なかなかできない体験で、すごく得した気分になった二人であった。Dscn4048

  

  

  

  

  

 

   

 三条大橋に着き写真を撮り、昼食をとる。平野はネギトロ丼、うどん付。中島は鍋焼きうどんのセットを食べる。三条大橋近くの池田屋跡はなかなか見つからなかった。事前下調べではパチンコ屋だと思っていたからで、パチンコ屋がなくなっていたため苦労した。Dscn4052 21e5 Bf22

 

  

  

  

  

  

  

   

 つぎに新撰組の屯所のあった旧壬生村を目指す。光縁寺では山南先生などの墓参りをし、旧八木邸ではガイドさんによる説明を受けた。ガイドさんの話を聞いたまさにその部屋が芹沢鴨先生一派が夜に斬られた部屋で、その隣には芹沢先生がつまずいたとされる机やその時にできた刀傷など残っていた。約150年前の幕末の騒乱は史実がはっきりと詳しく残っているので面白い。浪士組が江戸から到着したときに集まり、清河八郎先生の演説が行われたとされる新徳寺は入れずに外からのぞいただけであった。話に聞いたとおり、たしかに境内は狭く、200人の人間が入ることができなかっただろう。近藤勇先生の像は壬生寺。Dscn4054Dscn4055Dscn4056

 

  

  

  

  

  

  

  

  

  

   

 最後に二条城へ。二条城は圧巻であった。今までたくさんの城を見学していたが、この城ほどでかく感じたものはない。ウグイス張りの廊下、大政奉還の発表がされた間など見ごたえ十分であった。二条城を後にし、暗くならないうちに宿「ペンション恋都(こと)」に到着。入浴後、コンビニで酒と夕食、朝食を買い、日本シリーズ(巨人×西武)第2戦を観戦しながら晩酌。11時就寝。96f4 C710

記:平野

  

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